2010年4月14日水曜日

【本】おもてなしの経営学

中島聡 著


アジャイルな開発手法とクラフトマンシップ
GMが根本的に見過ごしていたのは、工場で働く熟練工のクラフトマンシップの重要性である。GMに代表される米国の製造業が産業革命以来突き進んだのは、製造工程を細かなステップに分解し、さらに各ステップにおいて専用ツールを用いて単純作業にすることで、低賃金の労働者を使って大量にものを安く作る手法だった。
確かに生産効率は飛躍的に向上したが、そのぶん「クラフトマンシップ」と呼ばれる熟練工の持つ自分の仕事に対する「誇り」や「愛情」は失われていった。それが最終的には、「製造プロセスをできるだか改良・簡略化して人件費を安くしようとするホワイトカラー」と「労働組合を作ってその流れに対抗しようとするブルーカラー」という対立を生んでしまい、結果的に生産効率の向上を妨げる結果となってしまったのだ。
トヨタがGMと大きく違ったのは「カイゼン」と呼ばれる方法で、製造プロセスの向上に関して、実際に製造ラインで働くブルーカラーの人々に大きな主導権を与えた点だ。そこには米国企業に見られるようなホワイトカラーとブルーカラーの強烈な対立も生まれず、ある意味で昔からの熟練工が持つクラフトマンシップを維持したまま、米国の大量生産技術の優れた部分だけを導入することを可能にしたのだ。
日本のIT業界では下請け・孫請けに丸投げするゼネコン方式の非効率さや、いわゆる「下流」に属するエンジニアの劣悪な労働環境が問題になっているが、根本的な原因は、IT業界全体が当時のGMと同様な過ちを犯している点にある。と私は考える。
顧客との接点を持つシステムエンジニアたちが、顧客が必要とするものを要求仕様書に落とし込んでから、「下流」のエンジニアに渡し、マシンに理解可能なプログラムへと彼らが翻訳する---というウォーターフォール型の開発では、エンジニアがクラフトマンシップを発揮する余地はあまり残されていない。
昨今、ウォーターフォール型に対抗したアジャイル(俊敏・柔軟)な開発スタイルがエンジニアたちの間でもてはやされるのは、まさにこのクラフトマンシップを発揮して市場が必要とするものを効率よく作りたいという彼らの叫びである。そんな彼らの声に耳を傾けずに突き進む日本のIT業界は、GMと同じ道を歩んでしまうのではないか。