![](https://blogger.googleusercontent.com/img/b/R29vZ2xl/AVvXsEhf7eqM-mxEFEJg064_-ZxhPflw-J162WBDd4Mw-cucEbAVSmEI-V2LimhLBenq6aCN7VAVW61MxlQ8F8XIo6JgYy7_Hs4Px2v1zhF89tr8f8ajf0zdJyoZsUjvU2nNAfmiAAVxXFxSbOY/s200/32018314.jpg)
知のサブカル化(部分問題の解法ないしはレトリックとしてのみ知に取り組み、所有し、発信するということ)がポスト・モダニズムなど取り立てて参照するまでもなく進行してしまった現代において、知の断片化の現状を突き抜けるためにはよほどの覚悟と戦略が要る。そんな志向性はもはやポスト・デジタルの人類にとって余計なものでしかないのかもしれないが、それでも志向することだけは止めたくない。
アインシュタインは「感動することを止めてしまった人は、死んでしまったのと同じである」という意味の言葉を残している。断片化した知をそのまま受け入れて、疑問を持たずにただ右往左往する人類はもはや本当は生きていないのではないか。
茂木健一郎著 思考の補助線