20世紀になって新しいイノベーションが生まれたが、蓄音機の生み出した経済モデルはずっとつづいていた。カセットしかり、CDしかり、DVDしかりだ。しかし、20世紀の終わりに、MP3フォーマットと高速インターネット接続が登場する。突然、プラスチック·ディスクを20ドルで買わなくても、好きな音楽を聴けるようになった。お目当ての曲はオンラインで見つけられるし、しかもタダで聴ける。2002年、デヴィッド·ボウイはミュージシャンたちに、これまでとはまったくちがう未来が待ち受けていると警告した。「音楽そのものは水道や電気のようなものになるだろう」とボウイは言った。「ツアーをたくさんする覚悟をしておいたほうがいい。それだけが残ることになるだろうから」
ボウイは正しかったようだ。アーティストたちはアルバムを売る手段としてコンサートチケットを使うのをやめて、コンサートチケットを売る手段としてアルバムを使うようになっている。それでも、ビリントン夫人の時代に戻ってはいない。パワーアンプにスタジアムロック、グローバル·ツアーにスポンサー契約と、トップ.ミュージシャンはいまも膨大な数の観客を動員し、大金を稼ぎつづけている。格差はなくなっていない。上位1%のアーティストのコンサート収入は、下位95%のアーティストの収入を合計した額の五倍を超える。蓄音機は姿を消したかもしれない。しかし、勝者と敗者を変える技術革新の力が消えることはない。