
北西の空にめっちや明るい星が二つ。

藤森照信・著、宮沢洋・画 2022年、彰国社
「世界中の都市に、なぜ鉄とガラスとコンクリートでできた四角い箱(モダニズム建築)が立ち並んでいるのか?」
藤森氏は、人類の建築の歴史を「アメ玉の袋」に例えて説明する。
石器時代などの原初、建築のスタイル(アメ玉の種類)は非常にシンプルだった。
文明の進歩に伴い、世界中で多様な装飾やスタイルが生まれ、アメ玉の袋はパンパンに膨らんだ(19世紀の歴史主義建築の絶頂)。
それが20世紀の「モダニズム」を迎えることで一気に収斂し、再びシンプルな原点(透明なアメ玉)へと戻っていく。本書はこのダイナミックな歴史の動きを解説する。
19世紀まで世界を席巻していた、過去の様式を模倣・装飾する「歴史主義建築」が消えた理由を紐解く。
アール・ヌーヴォー: 植物などの「生命の相」を取り入れて歴史主義からの脱出を試みた。
アール・デコ: 生命の土台となる鉱物などの「結晶の相」へと移行した。
モダニズム(幾何学・数学の相): 最終的に行き着いたのが、さらにその土台となる「数学(幾何学)の相」だ。20世紀の建築学校「バウハウス」などは、科学技術の時代を背景に、「鉄・ガラス・コンクリート」という3大素材を用いて、装飾を排除した四角い幾何学的な構成美を打ち出した。科学に国境がないように、このスタイルは世界共通の「インターナショナル・スタイル」として広がっていった。
西洋で生まれたモダニズム建築だが、実は「日本の伝統建築」が強い影響を与えていたと指摘する。 フランク・ロイド・ライトをはじめとする西欧の建築家たちは、日本の柱と梁による直線的な構成、空間の流動性、引き算の美学(簡素さ)に衝撃を受けた。それがモダン建築の空間作りのヒントになったと紐解く。
モダニズム建築とは、キリスト教などの大宗教や権力が建築を支配していた時代を終え、「神は死んだ」の思想のあとに訪れた「原点ゼロ(振り出し)」の状態であると結論づける。人類が一度これまでの装飾や歴史をすべてリセットし、素材そのものと人間の純粋な造形感覚に向き合った結果が、現代の都市を埋め尽くす四角い建築の正体だ。
はじめに(宮沢洋)
第1章 歴史主義建築はなぜ消えたのか
第2章 モダニズムと日本の伝統
第3章 人間の造形感覚
第4章 振り出しに戻った人類の建築
補講1 大宗教時代の建築を考える: 中国や日本の寺はなぜ横長になってしまったのか
補講2 藤森照信塾長に聞く: 「神は死んだ」からの「原点ゼロ」
おわりに(藤森照信)
本書は、一見冷たく退屈にも思える「鉄とガラスの四角い箱」が、実は人類が数千年かけて装飾の歴史を削ぎ落とし、科学と普遍的な幾何学に到達した「人類の建築史の必然的な終着点(あるいは新たな出発点)」であることを、117もの豊富な建築作品イラストとともに納得させてくれる一冊。

「前川建築埼玉会館の60年 since1966」
第1部「浦和と埼玉会館 100年をつなぐ物語」(2025年製作)
声の出演:国崎未恵、山口情
演出:高橋洋平
制作:VISTA、デジタルSKIPステーション
©2025 埼玉県/SKIPシティ彩の国ビジュアルプラザ
第2部「埼玉会館と浦和、育て・育てられ(前編)」
青山恭之(あおやまやすゆき)
アトリエ・リング一級建築士事務所主宰
浦和に生きてきた建築家が、まちに溶け込む前川建築 埼玉会館とそこを訪れる人々が紡いだ60年を、じっくり見つめている。
第3部「エスプラナードの床デザインから始まる建築修業」
中田準一(なかたじゅんいち)
株式会社 前川建築設計事務所 元所員
60年前の埼玉会館建設現場に立っていた元所員。エスプラナードの床タイルの配置デザインを前川國男から託された産みの苦しみと、前川國男の素顔が浮き彫りに。
第4部「前川建築 埼玉会館がつなぐ次代へのメッセージ」
橋本功(はしもといさお)
株式会社 前川建築設計事務所 代表取締役所長
トークセッション:前川建築埼玉会館がずっとここにあり続けることで、埼玉会館の利用者だけではなく浦和のまちとの関係、埼玉県民との関係も考える。

豆腐茶飯定食
お多幸浦和店 の「豆腐茶飯定食」は、関東おでんの出汁文化をそのまま丼に移し替えたような一品である。
主役は豆腐だが、本質は豆腐ではなく出汁にある。濃い色の関東風おでん汁をたっぷり吸った木綿豆腐が、茶飯の上に豪快に載せられ、その煮汁が米へと染み込むことで成立する料理だ。見た目は驚くほど素朴で、華やかさや写真映えとは無縁だが、口に運ぶと鰹や醤油の旨味が静かに広がる。
特筆すべきは、豆腐そのものの味ではなく「ご飯との境界が曖昧になる感覚」である。出汁を吸った豆腐を崩しながら茶飯と混ぜることで、おでんの締めとも雑炊とも異なる独特の食感と一体感が生まれる。派手な満足感ではなく、じんわりと身体に染みる種類の旨さだ。
また、この定食は老舗おでん屋の矜持が凝縮された料理でもある。高価な食材や技巧を競うのではなく、「出汁をどれだけ美味しく食べさせるか」という一点に価値を置いている。だからこそ、大根や玉子のおでんを追加すると、この店の真価がさらに見えてくる。濃色ながら塩辛くなく、素材の芯まで味を含ませる関東おでんの技術が一貫している。
総じて豆腐茶飯定食は、「ごちそう」というより「完成された日常食」である。奇抜さはない。しかし、長年通う客を生み続けるだけの説得力を持つ、東京下町系おでん文化の到達点の一つと言える。
by ChatGPT

浅草橋駅の古レール構造の特徴は、役目を終えた鉄道レールをホーム上屋(屋根)の構造材として再利用している点にある。
最大の見どころは、古レールを曲げ加工して組み上げたアーチ状トラスである。ホーム中央の支柱から左右へ湾曲したレールが伸び、連続するアーチが独特のリズムと美しい景観を生み出している。
また、1932年(昭和7年)の開業当時に建設されたため、接合部には溶接ではなくリベット接合が多用されている。鋲で固定された古レールの構造体は、昭和初期の鉄骨技術を現在に伝える貴重な存在である。
柱や梁には鉄道レール特有の断面形状がそのまま残されており、建築用鋼材とは異なるレール材の特徴を直接観察できる。もともと列車の荷重を支えていた高強度の鋼材を建築部材として再活用した点は、当時の鉄道技術と資材活用の合理性を示している。
さらに、この古レール構造は関東大震災後の帝都復興期に整備された鉄道施設の特徴を色濃く残している。歴史的価値と構造美を兼ね備えた存在であり、総武線沿線に現存する古レール建築の中でも代表的な事例の一つである。
by ChatGPT

バレエ音楽「ガイーヌ」より(A.I.ハチャトゥリアン)
交響曲第10番ホ短調(D.D.ショスタコーヴィチ)
指揮:米津 俊広
すみだトリフォニーホール 大ホール
excellent!

槙家と谷口家の関わりに驚く。
慶應義塾大学アート・センター
理想の教育環境を求めて
1930年代、慶應義塾幼稚舎は三田から現在の渋谷区恵比寿二丁目(当時は広尾ヶ原・天現寺周辺と呼ばれた地域)への移転計画を進めていた。
この計画を主導した人物の一人が、政治学者であり慶應義塾の理事を務めていた槇智雄である。智雄は、新しい時代を担う子どもたちのために、従来の学校建築とは異なる理想的な教育環境を実現したいと考えていた。
そこで白羽の矢が立ったのが、当時まだ若手建築家だった谷口吉郎である。
設計依頼当時の谷口吉郎は、東京工業大学で教鞭を執りながら建築家として活動していたが、後年ほどの名声をまだ得ていなかった。
しかし槇智雄は、谷口の建築思想や教育空間への関心に大きな可能性を見いだし、幼稚舎新校舎という重要なプロジェクトを託した。
谷口は海外の先進的な教育施設も研究しながら設計を進め、1937年に新校舎を完成させる。
平屋を中心とした開放的な教室群、子どもの身体寸法に配慮した家具計画、そして象徴的な講堂「自尊館」を備えたこの校舎は、日本のモダニズム学校建築を代表する作品の一つとして高く評価されている。
この校舎が完成した時代、幼稚舎で学んでいた児童の一人が、後に世界的建築家となる槇文彦であった。
槇文彦は槇智雄の甥にあたり、谷口吉郎が設計した教育環境の中で少年時代を過ごした。幼少期から質の高い建築空間に接した経験は、その後の建築観の形成に少なからず影響を与えたと考えられている。
後年、槇文彦は東京大学建築学科へ進学し、同大学で教員を務めていた谷口吉郎からも学ぶことになる。
一方、谷口吉郎の息子である谷口吉生もまた、幼稚舎にゆかりを持つ建築家となった。
吉生は父・吉郎の建築思想を受け継ぎながら独自の道を歩み、国内外の美術館建築などで高い評価を得る。槇文彦とも同時代を代表する建築家として交流を重ね、日本建築界を牽引する存在となった。
こうして慶應義塾幼稚舎は、
・槇智雄による構想と決断
・谷口吉郎による校舎設計
・槇文彦の成長の場
・谷口吉生へと続く建築文化
を結び付ける重要な舞台となったのである。
この物語を整理すると、次のような関係性が見えてくる。
槇智雄
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谷口吉郎に幼稚舎新校舎を依頼
↓
1937年 幼稚舎校舎完成
↓
槇文彦がその空間で学ぶ
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谷口吉郎から大学で建築を学ぶ
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槇文彦と谷口吉生が同時代の建築家として活躍
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現在の幼稚舎キャンパスにおいて、それぞれの建築が共存
この流れを見ると、槇智雄の判断によって実現した一つの教育施設が、その後の日本建築界を代表する複数の建築家たちを結び付ける接点となったことがわかる。
慶應義塾幼稚舎の歴史は、単なる学校建築の歴史ではない。そこには、教育、建築、そして人と人とのつながりが織り成す、近代日本建築史の興味深い系譜が刻まれている。
by Gemini & ChatGPT

Gentle Monster Ginza Flagship Store(ジェントルモンスター銀座フラッグシップストア)の店内には、人間の内面世界や感情の動きをテーマとした大規模なインスタレーション作品が展示されている。これらの作品は、ブランドが追求する「テクノロジーとアートの融合」を象徴する存在として、空間全体の世界観を形成している。
1階には、静かに佇む巨大な人型彫刻「ジャイアント(Giant)」が設置されている。この作品は、人間の感情や精神の揺らぎを想起させる存在として来訪者を迎え、店舗空間に強い没入感を与えている。
2階には、極めて精巧な動きを見せる巨大な頭部のキネティック・スカルプチャーが展示されている。ゆっくりとしたまばたきや視線の移動によって生命感を表現し、人間の意識や内面的な思考をテーマにした作品として構成されている。
Gentle Monsterは、空間デザインやインスタレーション制作を重視する独自のクリエイティブ体制を持ち、店舗ごとに異なるコンセプトを展開している。公開されている情報によれば、こうした空間演出の多くはブランド主導で企画・開発されており、アート、デザイン、テクノロジーを融合させた独創的な体験を来訪者に提供している。
なお、銀座店の各作品について外部アーティストの関与の有無は公式に明示されていないため、制作主体を断定することは避けるべきである。しかし、これらの作品がGentle Monsterのブランド哲学と密接に結びついた空間演出の一部であることは間違いなく、同ブランドを象徴するインスタレーションとして高く評価されている。
by Gemini & ChatGPT

「リテールから体感へ~『ニュウマン高輪』が再定義する商空間デザイン」
ゲスト:大野 力さん(建築家/sinato代表) × 吉田祐子さん(ルミネ 総合企画本部 開発企画部 マネージャー)
飽和する商業施設に新たな光を示す「ニュウマン高輪」の空間デザインを手掛けた建築家の大野力さんと、事業主であるルミネ 開発企画部の吉田祐子さんによるトークセッション。モノを売る場所から「体感」の場へ、あの空間はいかにして誕生したのか。デザイン解説と両者の対話から、これからの商空間のあり方と創造の過程に迫ります。

モーツァルト / 歌劇「フィガロの結婚」序曲
ロッシーニ / 歌劇「セビリアの理髪師」序曲
ブラームス / 交響曲第1番 ハ短調 作品68
指揮:小林 研一郎
東京芸術劇場 コンサートホール
excellent!
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