2010年4月29日木曜日

Charice Pempengco Dream comes true.







1992年5月10日フィリピン生まれ
韓国のTV番組"STAR KING"でのパフォーマンスがYoutubeで話題に。
Ellen DeGeneres Show に招かれ米国上陸。
Oprah Winfrey show にも出演。
これをきっかけにセリーヌ・ディオンのステージほか大物との競演、TV出演など続く。デビッド・フォスターの協力なバックアップを得てメジャーデビュー。
2010年5月11日ファーストアルバム発売。
アメリカン・ドリームは健在。Youtubeの力を見た。それにもまして、ソウルがアジアのエンターテイメントハブ、もしかしたら文化ハブの役割を担っているのかもしれないと思った。
しかし、なにより感動させられる・・・・彼女の歌

2010年4月26日月曜日

New Mac!

市井の山居/細川護熙展

展示の焼き物を見ていると、ニタニタしてしまう。
肩肘張っていないユーモアを感じる。
自由人、趣味人のおもてなし。
また、おもてなしだ・・・
茶室「亜美庵杜」設計/藤森照信
細川さんと藤森さんの席なんて・・・

2010年4月25日日曜日

村上隆@takashipom 日本画についての話

☆聴きごたえあり。
UST takashipom 04/24/10 01:52AM
http://www.ustream.tv/recorded/6401975
☆読みごたえあり。
Togetter @takashipom ありがとうございました。
RT @YINGUO http://togetter.com/li/16658

村上隆の辻説法。明快な論旨。平易な語り口。見直しました。
「等伯のような作品にニーズがあるか。100%ある。ニーズがあるにもかかわらずやらない。なぜか。それは昭和日本画壇の呪縛。西洋絵画、現代美術に対するコンプレックス。本当に学ぶべきは日本画の歴史そのものなのにそこに手をのばさない。表層的な日本画というマーケットで生活できたから。先生の口もあったから。だから革命が起きなかった。」

【本】千利休 無言の前衛

赤瀬川源平 著

茶道はおもてなしだ。無言・縮小・歪みに粋を見つける前衛芸術なのだよ。
継承者の古田織部は利休の「偶然の歪みを愛でる」から「意図的に歪める」に移行した。利休スタイルは利休一代でその形式を守ることが大事なんじゃないのだ。

BBC Life 09 - PLANTS are BADASS



職人!こだわり!
今でもやっぱりクラフトマンシップがすばらしいものを作るのだ。

2010年4月24日土曜日

「わたしは時間を描いている」

横山裕一 ネオ漫画の全記録
@川崎市民ミュージアム
会場構成:トラフ建築設計事務所
ひたすら手書き。定規のコレクターらしい。
未来派野郎って感じがします。

低反発 じゃないのもあります。

根津美術館

茶会が開かれていて和装の老若男女がたくさん。
みなさんキリリとして素敵。
日本人は素晴らしいファッションを持っていますね。着てみたくなった。

根津美術館

オールLEDってわけではござんせんな。
国宝燕子花図屏風は思った以上に単純に描かれていた。花弁は濃淡の藍色。ベタっと。それでいてふっくらとした花の感じが出てる。

2010年4月21日水曜日

なるほどクラウド

「送電網の完備で企業や個人は自前の発電所がなくても電力を使えるようになった。『クラウド』の登場で、企業や個人は自前のITシステムを持つ必要がなくなる」ITに詳しい米著述家のニコラス・カー氏の指摘。
コンセントにプラグを差し込めばいつでも電力が利用できるように、パソコンや携帯電話をネットにつなげばデータセンターの処理能力を思う存分利用でき、従来に比べITコストは5〜7割減らせる。

2010年4月18日日曜日

Prof. Ishii in AXIS Forum

— 2010年04月09日 — AXISフォーラム
「MITメディアラボ副所長・教授 石井 裕氏 講演会」
2010年1月15日 東京・六本木アクシスギャラリーにて











2007年8月 石井先生の講演を聴いて衝撃を覚えた。
あいかわらずワクワクさせてくれます。
g-speak = Minority Report にからんでいたんだ。

100mトラックを人より速く走ることは、真の競創ではない。誰も分け入った事の無い原野を一人切り開き、まだ生まれていない道を一人全力疾走すること、それが競創だ。そこには観客も審判もストップウォッチも存在しない。

出る杭は打たれる。
出過ぎた杭は誰も打てない。

2010年4月17日土曜日

2010年4月15日木曜日

TOSHIBA LED LIGHTING 谷尻誠


■クリエイション
 谷尻 誠(建築家、サポーズデザインオフィス)
■テクニカルサポート
 岡安 泉(照明デザイナー、岡安泉照明設計事務所)
 坂本 眞一(テクニカルアドバイザー、グラフィカ 株式会社)
 オノ セイゲン(作曲家・録音エンジニア/Saidera Paradiso Ltd.)

2010年4月14日水曜日

【本】おもてなしの経営学

中島聡 著


アジャイルな開発手法とクラフトマンシップ
GMが根本的に見過ごしていたのは、工場で働く熟練工のクラフトマンシップの重要性である。GMに代表される米国の製造業が産業革命以来突き進んだのは、製造工程を細かなステップに分解し、さらに各ステップにおいて専用ツールを用いて単純作業にすることで、低賃金の労働者を使って大量にものを安く作る手法だった。
確かに生産効率は飛躍的に向上したが、そのぶん「クラフトマンシップ」と呼ばれる熟練工の持つ自分の仕事に対する「誇り」や「愛情」は失われていった。それが最終的には、「製造プロセスをできるだか改良・簡略化して人件費を安くしようとするホワイトカラー」と「労働組合を作ってその流れに対抗しようとするブルーカラー」という対立を生んでしまい、結果的に生産効率の向上を妨げる結果となってしまったのだ。
トヨタがGMと大きく違ったのは「カイゼン」と呼ばれる方法で、製造プロセスの向上に関して、実際に製造ラインで働くブルーカラーの人々に大きな主導権を与えた点だ。そこには米国企業に見られるようなホワイトカラーとブルーカラーの強烈な対立も生まれず、ある意味で昔からの熟練工が持つクラフトマンシップを維持したまま、米国の大量生産技術の優れた部分だけを導入することを可能にしたのだ。
日本のIT業界では下請け・孫請けに丸投げするゼネコン方式の非効率さや、いわゆる「下流」に属するエンジニアの劣悪な労働環境が問題になっているが、根本的な原因は、IT業界全体が当時のGMと同様な過ちを犯している点にある。と私は考える。
顧客との接点を持つシステムエンジニアたちが、顧客が必要とするものを要求仕様書に落とし込んでから、「下流」のエンジニアに渡し、マシンに理解可能なプログラムへと彼らが翻訳する---というウォーターフォール型の開発では、エンジニアがクラフトマンシップを発揮する余地はあまり残されていない。
昨今、ウォーターフォール型に対抗したアジャイル(俊敏・柔軟)な開発スタイルがエンジニアたちの間でもてはやされるのは、まさにこのクラフトマンシップを発揮して市場が必要とするものを効率よく作りたいという彼らの叫びである。そんな彼らの声に耳を傾けずに突き進む日本のIT業界は、GMと同じ道を歩んでしまうのではないか。

ゆりかもめで翔ぶagain

2010年4月11日日曜日

2010年4月10日土曜日

【本】できそこないの男たち

福岡伸一 著


 今日、一見、オスこそがこの世界を支配しているように見えるのは一体なぜか。それはおそらくメスがよくばりすぎたせいである。
 卵を産んだあと、あるいはそこから子どもが孵ったあと、オスがなお子どもを育てるための役割を担わされている種は限られている。それは本来、オスがメスから作り出されたときの役割ではなかった。おそらくメスがそのうちに気がついたのだ。遺伝子を運び終わったオスにまだ使い道があることに。
 巣を作る。卵を守る。子どもの孵化を待つ。そのための資材を運ぶ。食料を調達する。メスの代わりをしてメスに自由時間を与える。そのような役割が徐々にオスに振り当てられていった。そのことにメスが「気づいた」、あるいはメスがオスに役割を「振り当てた」。ダーウィニズムに従えばそのようなオスの役割をたまたま採用した種が生存上有利になったと説明されよう。
 ヒトの祖先の場合、子どもの遺伝子の半分を運んできた男に、女はそれ以上の役割を期待し、また同時に命じた。なだめすかしたり、泣いたりわめいたり、あるいは褒章を示唆したり。それは今日、女たちが使っている方途とそれほど変わらないものだったろう。女たちは男に、子育てのための家を作らせ、家を暖めるための薪を運ばせた。日々の食料を確保することは男の最も重要な仕事となった。身を飾るための宝石や色とりどりの植物、そのようなものも求めたかもしれない。絵を描かせたり、何か面白いものを作らせたこともあったろう。
 実に、ここに余剰の起源を見ることができる。男たちは薪や食料、珍しいもの、美しいもの、面白いものを求めて野外に出た。そしてそれらを持ち帰って女を喜ばせた。しかしまもなく今度は男たちが気づいたのだ。薪も食料も珍しいものも美しいものも面白いものも、それらが余分に得られたときには、こっそりどこか女たちが知らない場所に隠しておけばいいことを。余剰である。
 余剰は徐々に蓄積されていった。蓄積されるだけでなく、男の間で交換された。あるいは貸し出された。それを記録する方法が編み出された。時に、余剰は略奪され、蓄積をめぐって闘争が起きた。秩序を守るために男たちの間で取り決めがなされ、それが破られたときの罰則が定められた。余剰を支配するものが世界を支配するものとなるのに時間はそれほど必要ではなかった。


 生物の基本仕様、デフォルトとしての女性を無理やり作りかえたもの、カスタマイズしたものが男であり、そこにはカスタマイズにつきものの不整合や不具合がある。生物的には男は女のできそこないだといってよい。だから男は寿命が短く、病気にかかりやすく、精神的にも弱い。しかし、できそこないでもよかったのである。所期の用途を果たす点においては。必要な時期に、縦糸で紡がれてきた女系の遺伝子を混合しるための横糸。遺伝子の使い走りとしての用途である。
 使い走りは使い走りとしての役目を一心に果たした。使い走りはずっとずっと女性に尽くしてきた。使い走りだけではない。女性の命ずるまま、命ずるものすべてを運んでこようとした。
 それにしてもなぜ男はここま女性に尽くしてしまうのか。
端的にいえば、男が尽くすのはあの感覚から逃れられないからである。それは男を支配する究極の麻薬だ。
 自然は、加速を感じる知覚、加速感を生物に与えた。進化とは、言葉の本当の意味において、生存の連鎖ということである。生殖行為と快感が結びついたのは進化の必然である。そして、きわめてありていにいえば、できそこないの生き物である男たちの唯一の生の報償として、射精感が加速感と結合することが選ばれたのである。

宮島達男 「その人と思想」展

パフォーマンス作品からスタートしてたんだ。
最初に宮島作品のカウンターに出会ったのは原美術館。今の常設ではない、ロッカールームでの展示だった記憶。90年ころだったんじゃないかな。

1981年 NA.AR.(Voice)
行楽客の行きかう横浜の山下公園で、何らかの実験でも行うような?装置を前に、男(宮島)が突然、その意味ありげな機械に向かって「アーーーーーー」と叫ぶ。そして男は、その実験結果?を地面にチョークで書き込み、自転車に乗って去っていく。

1982 NA.AR.(Rain)
雨が降り始めた地面にうつ伏せに横たわり、濡れていく路上に乾いた人型を作る。その後、起き上がり、宮島の姿を表す人型にも雨に降り注ぎ、徐々に周辺と同じように濡れていく。

1983年 A Grain of Sand
1980年代の宮島パフォーマンス作品の集大成的な意味合いを持つ作品。

1987年 Clock for 300 thousand Years
最初のデジタルカウント作品

1988年 Sea of Time
ヴェネツィア・ビエンナーレ「アペルト88(若手作家部門)」出品作品
世界的評価を得たデジタルカウンター作品

1995年 時の蘇生-柿の木プロジェクト
またパフォーマンス作品を始める。

1999年 MEGA DEATH
ヴェネチア・ビエンナーレ出品 
2400個のガジェット(LEDデジタルカウンターユニット)が、幅34メートル、高さ6メートルの壁面を埋め尽くす。

2003年 Counter Void
六本木ヒルズ テレビ朝日社屋敷地内壁面

BLD Galleryにて

2010年4月8日木曜日

成功の秘訣

成功するまでやり続けること。諦めないこと。

誰でも買えるものに優位性を感じない。買えないものに価値がある。買えないものは能力と仲間だ。

この世で唯一の無駄なことは何もしないこと。

「どうせ無理」は死に至る言葉。マーケットを破綻させる言葉。

安いにこしたことはないが同時に品質の劣化が起きていることを認識すべき。

特別な存在は必要とされ、普通の存在は値切られる。
元々人は特別な存在。それを普通にする社会がある。人の置き換えがきくようにしている。

植松努 植松電機専務 カムイスペースワークス社長

2010年4月6日火曜日