kA単位のメーターがグイングイン。4000Aとか流れてる。何ボルトなんだろ。
昭和57年製の車両。
子供の頃よくかじりついて覗き込んだ風景。
2008年5月30日金曜日
2008年5月29日木曜日
有機EL照明で4社提携
有機ELを光源に使う照明事業の新会社ルミオテック株式会社が山形県米沢市八幡原工業団地内に28日に設立。パネルを共同で開発、3年後の事業化を目指す。資本金は7億円。三菱重工が51%を出資。ロームが34%、凸版印刷が9.9%、三井物産が5%出資する。有機EL研究の第一人者である山形大学の城戸淳二教授も0.1%出資。社長には三菱重工の重永久夫・機械・鉄構事業本部副事業本部長が就任。当面従業員20人体制で2009年春にパネルのサンプル出荷を目指す。有機エレクトロニクス研究所の敷地内に生産設備を整備する予定。山形県では今後場所の提供や、設備面などの支援を行う。
2008年5月28日水曜日
2008年5月27日火曜日
企業向けに省エネ照明
照明器具大手が消費電力やCO2排出量を削減する省エネ型照明器具を企業向けに相次ぎ投入する。
松下電工は高出力ランプ1本で蛍光灯2本分の明るさを出す製品を拡充。工場向け、クリーンルーム向け、オフィス向け照明器具を発売。器具やランプの台数を入力すると消費電力やCO2排出量の削減量を細かく試算できるソフトを活用し提案営業を強化する。
東芝ライテックは工場全体のLED化提案など法人向け市場の開拓を進める。
松下電工は高出力ランプ1本で蛍光灯2本分の明るさを出す製品を拡充。工場向け、クリーンルーム向け、オフィス向け照明器具を発売。器具やランプの台数を入力すると消費電力やCO2排出量の削減量を細かく試算できるソフトを活用し提案営業を強化する。
東芝ライテックは工場全体のLED化提案など法人向け市場の開拓を進める。
2008年5月24日土曜日
2008年5月21日水曜日
「非常識な家」ささえた施主の理解と忍耐
私は幼児期から祖父母とともに長屋での暮らしを始めた。というのも戦争が激しくなり連夜の空襲でそれまで住んでいた大阪港近くの家も焼かれ、疎開生活を余儀なくされたからだ。終戦後、焼け野原が広がる大阪に戻り、都心外れの長屋にやっと落ち着いた。夏暑く、冬は寒い小さな住まいの奥に狭い庭があった。
三十代初めに設計した「住吉の長屋」は、私が住んでいたのと同じような三軒長屋の真中を切り取って、二間×七間の敷地にコンクリートの箱を挿入し、さらにその平面を三分割し、中央部を外気に開放した中庭とし、自然の光や風を導き入れようとした住宅だった。当時の建築界を支配していた機能重視の考え方に異論を唱え、たとえ動線がたち切られても、失われゆく自然を住宅の中に取り込みたいと考えた。しかし、外部を通らないと次の部屋に行けないような設計はありえないと考えられていた。雨の日は傘をさして居間からトイレに行くその住宅は、当時、画期的であると評価した一部の批評を除いて、大半の論者からその欠点の大きさを指摘された。発表して年月が経過してからも、評価は厳しかった。
その「住吉の長屋」が吉田五十八賞という由緒ある建築賞の候補に上がった。最終選考の段階で、当時の建築界の重鎮、故村野藤吾先生が建物を見に来られた。
当時の私は、若気の至りというか、自分の主張がそのまま受け入れられなければ、その仕事から下りるくらいの勢いで設計をすすめていくのがつねだった。
村野先生は開口一番「よくできているね」と言って下さった。私は、その言葉に安堵し、自分の意図や、苦心したところなど話しながら、その狭い住宅を案内した。
先生はやがて住み手と話し出し、お茶を出してくれた奥さんと、設計から竣工に至るまでのいきさつ、住み心地など話されていた。村野先生は、施主家族と単に雑談しているだけかと思っていたが、あとから考えてみると、そこから何か極めて本質的なことを引き出そうとしておられたのだろう。
先生は、「この建物の良し悪しはともかくとして、この狭い中で生活が営まれていることに感銘を受けた。住み手に賞を与えるべきであろう」とおっしやってその場を去られた。結果は落選であった。設計者として、いかにこの悪条件の中で、常識を打ち破って、豊かな生活空間をつくろうとしたか、それを私はわかってもらおうとした。しかし、村野先生は、この住宅は施主の理解と忍耐がなければ成立せず、私ひとりの力によるものではなく、施主の無言の協力があってこそ成立しているのだということを見ぬかれていた。私は浅はかだった。
考えてみれば、この住宅の唆工までには設計者の志向だけではどうしようもないことが数多くあった。私が設計者としてだけでなく、生活者としても長屋の構造をいかに知り抜いていたとしても、三軒長屋の真中の家だけ切り取る危険を冒さねばならない。この至難の技をやり遂げた大工の心意気にまず敬意を表さねばならないし、木造家屋の間に突如現れたコンクリー卜の箱を受け入れた両隣や近所の理解、隣家ぎりぎりにコンクリートの壁を打設するという難作業を引き受けてくれた工務店に感謝しなければならない。
何より、この建物をつくる機会を私に与え、常識を超えた案に理解を示し、そこに何十年かの間住む決意をし、不平も言わず今も住みつづけてくれている施主こそは、実は真のつくり手であると言えるかもしれない。
村野先生の言葉には、後の人生の糧となる大切なことを教えられた。
日経新聞2000/02/20
三十代初めに設計した「住吉の長屋」は、私が住んでいたのと同じような三軒長屋の真中を切り取って、二間×七間の敷地にコンクリートの箱を挿入し、さらにその平面を三分割し、中央部を外気に開放した中庭とし、自然の光や風を導き入れようとした住宅だった。当時の建築界を支配していた機能重視の考え方に異論を唱え、たとえ動線がたち切られても、失われゆく自然を住宅の中に取り込みたいと考えた。しかし、外部を通らないと次の部屋に行けないような設計はありえないと考えられていた。雨の日は傘をさして居間からトイレに行くその住宅は、当時、画期的であると評価した一部の批評を除いて、大半の論者からその欠点の大きさを指摘された。発表して年月が経過してからも、評価は厳しかった。
その「住吉の長屋」が吉田五十八賞という由緒ある建築賞の候補に上がった。最終選考の段階で、当時の建築界の重鎮、故村野藤吾先生が建物を見に来られた。
当時の私は、若気の至りというか、自分の主張がそのまま受け入れられなければ、その仕事から下りるくらいの勢いで設計をすすめていくのがつねだった。
村野先生は開口一番「よくできているね」と言って下さった。私は、その言葉に安堵し、自分の意図や、苦心したところなど話しながら、その狭い住宅を案内した。
先生はやがて住み手と話し出し、お茶を出してくれた奥さんと、設計から竣工に至るまでのいきさつ、住み心地など話されていた。村野先生は、施主家族と単に雑談しているだけかと思っていたが、あとから考えてみると、そこから何か極めて本質的なことを引き出そうとしておられたのだろう。
先生は、「この建物の良し悪しはともかくとして、この狭い中で生活が営まれていることに感銘を受けた。住み手に賞を与えるべきであろう」とおっしやってその場を去られた。結果は落選であった。設計者として、いかにこの悪条件の中で、常識を打ち破って、豊かな生活空間をつくろうとしたか、それを私はわかってもらおうとした。しかし、村野先生は、この住宅は施主の理解と忍耐がなければ成立せず、私ひとりの力によるものではなく、施主の無言の協力があってこそ成立しているのだということを見ぬかれていた。私は浅はかだった。
考えてみれば、この住宅の唆工までには設計者の志向だけではどうしようもないことが数多くあった。私が設計者としてだけでなく、生活者としても長屋の構造をいかに知り抜いていたとしても、三軒長屋の真中の家だけ切り取る危険を冒さねばならない。この至難の技をやり遂げた大工の心意気にまず敬意を表さねばならないし、木造家屋の間に突如現れたコンクリー卜の箱を受け入れた両隣や近所の理解、隣家ぎりぎりにコンクリートの壁を打設するという難作業を引き受けてくれた工務店に感謝しなければならない。
何より、この建物をつくる機会を私に与え、常識を超えた案に理解を示し、そこに何十年かの間住む決意をし、不平も言わず今も住みつづけてくれている施主こそは、実は真のつくり手であると言えるかもしれない。
村野先生の言葉には、後の人生の糧となる大切なことを教えられた。
日経新聞2000/02/20
2008年5月20日火曜日
サミュエル・ウルマン 青春 Youth
訳詞 岡田 義夫
青春とは人生の或る期間を言うのではなく、心の様相を言うのだ。
優れた創造力、逞しき意志、炎ゆる情熱、怯懦(きょうだ)を却ける勇猛心、
安易を振り捨てる冒険心、こう言う様相を青春というのだ。
年を重ねただけでは人は老いない。
理想を失う時に初めて老いが来る。
歳月は皮膚のしわを増すが、情熱を失う時に精神はしぼむ。
苦悶や狐疑や、不安、恐怖、失望、こう言うものこそ恰も長年月の如く人を
老いさせ、精気ある魂をも芥(あくた)に帰せ締めてしまう。
年は七十であろうと十六であろうと、その胸中に抱き得るものは何か。
曰く、驚異への愛慕心、空にきらめく星辰、その輝きにも似たる
事物や思想に対する、欽仰(ぎんきょう)、事に処する剛毅な挑戦、
小児の如く求めて止まぬ探究心、人生への歓喜と興味。
人は信念と共に若く 疑惑と共に老いる。
人は自信と共に若く 恐怖と共に老いる。
希望ある限り若く 失望と共に老い朽ちる。
大地より、神より、人より、美と喜悦、勇気と壮大、そして
偉力の霊感を受ける限り、人の若さは失われない。
これらの霊感が絶え、悲歎(ひたん)の白雪が人の心の奥までも蔽いつくし、
皮肉の厚氷がこれを固くとざすに至れば、この時こそ
人は全くに老いて、神の憐れみを乞うる他はなくなる。
-------------------------------------
青春とは
新井満 自由訳詩
青春とは 真の 青春とは
若き 肉体のなかに あるのではなく
若き 精神のなかにこそ ある
薔薇色の頬 真赤な唇 しなやかな身体
そういうものは たいした問題ではない
問題にすべきは つよい意思
ゆたかな想像力 もえあがる情熱
そういうものが あるか ないか
こんこんと湧き出る 泉のように
あなたの精神は
今日も新鮮だろうか
いきいきしているだろうか
臆病な精神のなかに
青春は ない
大いなる愛のために発揮される
勇気と冒険心のなかにこそ
青春は ある
臆病な二十歳がいる 既にして 老人
勇気ある六十歳がいる
青春のまっただなか
歳を重ねただけで 人は老いない
夢を失ったとき はじめて老いる
歳月は 皮膚にしわを刻むが
情熱を失ったとき 精神は
しわだらけになる
苦悩 恐怖 自己嫌悪
それらは 精神をしぼませ
ごみくずに変えてしまう
誰にとっても大切なもの
それは 感動する心
次は何が起こるのだろうと
眼を輝かせる 子供のような好奇心
胸をときめかせ 未知の人生に
挑戦する 喜び
さあ 目をとじて
想いうかべてみよう
あなたの心のなかにある
無線基地
青空高くそびえ立つ たくさんの
光輝くアンテナ
アンテナは 受信するだろう
偉大な人々からのメッセージ
崇高な大自然からのメッセージ
世界がどんなに美しく
驚きにみちているか
生きることが
どんなに素晴らしいか
勇気と希望 ほほえみを忘れず
いのちのメッセージを
受信しつづけるかぎり
あなたはいつまでも 青年
だが もしもあなたの
心のアンテナが 倒れ
雪のように冷たい皮肉と
氷のように頑固な失望に
おおわれるならば
たとえ二十歳であったとしても
あなたは立派な
老人
あなたの心のアンテナが
今日も青空高くそびえたち
いのちのメッセージを
受信しつづけるかぎり
たとえ八十歳であったとしても
あなたはつねに 青春
青春とは 真の 青春とは
若き 肉体のなかに あるのではなく
若き 精神のなかにこそ ある
青春とは人生の或る期間を言うのではなく、心の様相を言うのだ。
優れた創造力、逞しき意志、炎ゆる情熱、怯懦(きょうだ)を却ける勇猛心、
安易を振り捨てる冒険心、こう言う様相を青春というのだ。
年を重ねただけでは人は老いない。
理想を失う時に初めて老いが来る。
歳月は皮膚のしわを増すが、情熱を失う時に精神はしぼむ。
苦悶や狐疑や、不安、恐怖、失望、こう言うものこそ恰も長年月の如く人を
老いさせ、精気ある魂をも芥(あくた)に帰せ締めてしまう。
年は七十であろうと十六であろうと、その胸中に抱き得るものは何か。
曰く、驚異への愛慕心、空にきらめく星辰、その輝きにも似たる
事物や思想に対する、欽仰(ぎんきょう)、事に処する剛毅な挑戦、
小児の如く求めて止まぬ探究心、人生への歓喜と興味。
人は信念と共に若く 疑惑と共に老いる。
人は自信と共に若く 恐怖と共に老いる。
希望ある限り若く 失望と共に老い朽ちる。
大地より、神より、人より、美と喜悦、勇気と壮大、そして
偉力の霊感を受ける限り、人の若さは失われない。
これらの霊感が絶え、悲歎(ひたん)の白雪が人の心の奥までも蔽いつくし、
皮肉の厚氷がこれを固くとざすに至れば、この時こそ
人は全くに老いて、神の憐れみを乞うる他はなくなる。
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青春とは
新井満 自由訳詩
青春とは 真の 青春とは
若き 肉体のなかに あるのではなく
若き 精神のなかにこそ ある
薔薇色の頬 真赤な唇 しなやかな身体
そういうものは たいした問題ではない
問題にすべきは つよい意思
ゆたかな想像力 もえあがる情熱
そういうものが あるか ないか
こんこんと湧き出る 泉のように
あなたの精神は
今日も新鮮だろうか
いきいきしているだろうか
臆病な精神のなかに
青春は ない
大いなる愛のために発揮される
勇気と冒険心のなかにこそ
青春は ある
臆病な二十歳がいる 既にして 老人
勇気ある六十歳がいる
青春のまっただなか
歳を重ねただけで 人は老いない
夢を失ったとき はじめて老いる
歳月は 皮膚にしわを刻むが
情熱を失ったとき 精神は
しわだらけになる
苦悩 恐怖 自己嫌悪
それらは 精神をしぼませ
ごみくずに変えてしまう
誰にとっても大切なもの
それは 感動する心
次は何が起こるのだろうと
眼を輝かせる 子供のような好奇心
胸をときめかせ 未知の人生に
挑戦する 喜び
さあ 目をとじて
想いうかべてみよう
あなたの心のなかにある
無線基地
青空高くそびえ立つ たくさんの
光輝くアンテナ
アンテナは 受信するだろう
偉大な人々からのメッセージ
崇高な大自然からのメッセージ
世界がどんなに美しく
驚きにみちているか
生きることが
どんなに素晴らしいか
勇気と希望 ほほえみを忘れず
いのちのメッセージを
受信しつづけるかぎり
あなたはいつまでも 青年
だが もしもあなたの
心のアンテナが 倒れ
雪のように冷たい皮肉と
氷のように頑固な失望に
おおわれるならば
たとえ二十歳であったとしても
あなたは立派な
老人
あなたの心のアンテナが
今日も青空高くそびえたち
いのちのメッセージを
受信しつづけるかぎり
たとえ八十歳であったとしても
あなたはつねに 青春
青春とは 真の 青春とは
若き 肉体のなかに あるのではなく
若き 精神のなかにこそ ある
2008年5月19日月曜日
有機EL寿命-蛍光灯の30倍
山形大学の城戸淳二教授の研究グループは有機EL素子の寿命を大幅に延ばす技術を開発した。
研究グループは材料を基板に付ける蒸着技術を改良。発光分子、電子輸送材など三種類の材料を同時に蒸着することで耐久性を向上した。30万時間の寿命を見込みコストパフォーマンスを高め、実用化を目指す。
研究グループは材料を基板に付ける蒸着技術を改良。発光分子、電子輸送材など三種類の材料を同時に蒸着することで耐久性を向上した。30万時間の寿命を見込みコストパフォーマンスを高め、実用化を目指す。
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