2009年5月11日月曜日

【本】デザインにひそむ<美しさ>の法則

木全賢著

■第1章:身近にひそむ美しい比率
千円札は縦76mm×横149mm。縦横比はほぼ1対2。日本でよく使われる比率で畳や建具などに良く使われている。二つに折ると1対1の正方形になり、もう一度二つに折るとまた1対2にもどる。
ポチ袋に入れるように三つに折ると縦76mm×横50mmでおよそ1対1.5。これは「黄金比」に近い。
1対2は日本人が好きなのでお札の比率となっているが、祝儀のような「非日常」にそぐわない。三つに折った1対1.5にはおしゃれで非日常の場にふさわしい感じがしたので定着したのではないか。

黄金比=1:1.618
トランプ、クレジットカード、ハイビジョンテレビの画面、新書、名刺、タバコのパッケージ、IXYシリーズ、iPod・・・・
黄金比が「美しさ」と結び付けられるようになったのはルネサンス期の1509年に数学者ルカ・パチョーリが「神聖な比」を刊行してからだと言われている。黄金比は経験則的に「どうやら美しいらしい」ということのようだ。

黄金比より使いやすい「三分割法」
画面を上下左右にそれぞれ三分割して四個の交点をつくり主要な要素をその交点のいずれかに置くと、バランスの良い作品が出来上がるという法則。構図を非対称にすることで画面に変化と動きを出し、見る人の気を引こうとするところが要点。

伝統的な日本の比率「白銀比」
白金比=1:√2=1:1.414
身近なところではA4、B5といった紙のサイズに使われる。長辺を二つ折りにしても長辺と短辺の比率は変わらないという特徴がある。
ちなみにA0は面積が1㎡、B0は1.5平米と決められている。
白銀比は1対2といった整数倍率とともに伝統的に日本人が好む比率。

■第2章:誰にでもわかるシンプルなデザイン
同一仕様で大量に生産し、できるだけ多くの人に販売するために作られる工業製品は、美しいだけでなく誰にでも理解できるデザインでなければならない。生産や流通がグローバル化した現在では、国や地域、歴史や文化の違う人々にも受け入れられる必要がある。そのためにはまず「シンプル」でなければならない。

オランダの絵本作家ディック・ブルーナは、ミッフィーの絵本をシンプルな形の組合せで描いているだけでなく、色を「白」「黒」「赤」「黄」「緑」「青」「茶」「グレー」の8色しか使っていない。それが誰にでも、それこそ子供にでもわかるシンプルさにつながっている。
日本のアンパンマンもシンプルさの法則に忠実。日本語には色を表す形容詞が「赤い」「青い」「白い」「黒い」の四つと江戸時代に追加された「黄色い」「茶色い」の六つしかない。この6色は日本の伝統色、日本版「原色」だといえる。アンパンマンはこのうち5色だけで表現されている。残りの青はバイキンマンの基本色。さらにアンパンマンの顔は丸と半円と四角という基本形体を組み合わせてできている。

言語を越えて伝えるピクトグラムに必要とされるのは
・民族文化言語を越えて誰にでも直感的にわかる絵や記号であること。
・サイズの大小を問わずシンプルで視認性がいいこと。
・デザインに一貫性と統一感があること。
・誰が見ても誤解や不愉快を生じないこと。

シンプルさの法則に忠実な交通標識
形は「丸」「三角」「四角」の三種類。色は「白」「赤」「青」「黄」「緑」の五色。
「三角」+「赤」の組合せが最も強い組合せ。
「止まれ」「徐行」

左右対称のシンメトリーには図柄として認識されやすいという特徴がある。これは生物が左右対称な形をしているため、本能的にそう感じてしまうようだ。「正面性」や「安定性」もあり権力を象徴する建築に多用されてきた。

■第3章:美しさと使いやすさの法則
デザインの美しいもののほうが、あまり美しくないものよりも使いやすいと感じる。性能が良かろうが悪かろうが、美しければ使いやすそうだと感じる。デザインという行為にはそういう暗黙の前提がある。

人間工学の研究は第二次世界大戦をきっかけに始まった。
アメリカで新米パイロットの事故を低減させるために計器を解りやすく、操縦装置を解りやすく研究と改善がなされた。

記憶の限界は「7±2」「4±1」
心理学者のジョージ・ミラーが1956年に発表した「マジックナンバー」という概念。
人間の記憶には「長期記憶」と「短期記憶」がある。短期記憶の内容はすぐに忘れてしまうが生活でなくてはならないもの。
人間は情報を記憶するとき関連する情報をカタマリに分類して記憶する傾向がある。この記憶のカタマリを「チャンク」という。
人間が短期記憶として記憶できるチャンクの数は「7±2であるというのがジョージ・ミラーの「マジックナンバー」の概念。最近は「4±1」であるとも言われているが、情報を三個から五個のチャンクに分類しておく必要がある。

認知科学者のドナルド・A・ノーマンは「誰のためのデザイン?認知科学者のデザイン言論」の中で、人が装置(外界)に対して何かを行おうとするとき次の四つの原則が守られていないと、それをスムーズに行うことができないと指摘している。

・可視性・・・次に何をすればよいか、どう使えば見ただけで分かること。
・対応付け・・・コントロールする手段と結果が自然に理解でき、簡単に覚えられること。
・概念モデル・・・それぞれの人が持つ経験の蓄積でできあがった標準的なパターン。
・フィードバック・・・ある行為の結果が直ちに明らかに示されること。

『ある道具をうまく使えなかったら、それはあなたのせいではなくて道具のデザインが悪いせいである』 by ドナルド・A・ノーマン

■第4章:細部に宿る美しさの法則
工業製品の美しさに影響を与えるのは、全体的な形や色に関する法則だけではない。細部のデザインや処理も製品の精密感や信頼感、使いやすさに影響する。特に面と面がぶつかってできる「稜線」をどのような処理にするかは、製品の印象に大きく影響する。

二つの面がぶつかれば稜線ができ、三つの面がぶつかれば頂点ができる。そしてその稜線や頂点には、光が当たると反射して明るい線や点が現れる。特に稜線にあたった光が反射してできる明るい線は「ハイライトライン」と呼ばれ、製品の表情に大きな影響を与える。
稜線処理の方法として次の三つが一般的。
 ・角アール
 ・面取り
 ・ハマグリ締め

■第5章:地域と文化と歴史のデザイン
中近東向けの扇風機は羽根が緑色。青いと灼熱の砂漠の空を連想させてとても暑苦しいという。中近東で「涼しそうな色」といえばオアシスを連想する緑。
作りやすさ、美しさ、使いやすさを考慮して発展させてきたモダンデザインだが、歴史や文化によって異なる国や地域ごとのローカルな美意識にはまだ対応できていない。こいった地域ごとの美意識が国際標準の美意識とも共存可能であるし、モダンデザインを発展させるきっかけとなる可能性を秘めている。

地域性が強く、さらに象徴性を担わされることも多いのが建築のデザイン。産業革命と市民革命を契機として権力者のものだった建築にも市民のためのデザインが求められた。鉄とガラスとコンクリートという工業化社会が生み出した最先端の素材を取り入れたのが、ミース・ファン・デル・ローエによって確立された「インターナショナルスタイル」(国際様式)。
インターナショナルスタイルの特徴は、開放感のある内部空間と、鉄とガラスでできた透明な外壁、水平と垂直だけで構成された外観の三つ。アメリカで最も美しく見える様式。明快でシンプルな構成はアメリカのカーデザインにも通じる。
日用品のデザインにも応用されるようになり、そのもっとも忠実な継承者は近年のアップル社。
アップルのデザインには次のような特徴がある。
 1.透明素材と鏡面仕上げのステンレス
 2.直線・平面・直角・円・球
 3.無彩色
 4.ネジが見えない
 5.かわいい
1.から4.はインターナショナルスタイルの手法。ただし、最後の「かわいい」はインターナショナルスタイルにはない要素。実は、この「かわいい」こそが、コンピュータ機器の世界でのアップルらしさを特徴づけている要素なのではないか。

日本的な様式の特徴を挙げるとすれば、第一に「左右非対称」(アシンメトリー)になるであろう。
日本独自の建築に完全な左右対称はほとんどない。モダンデザインの思想が入った後のものでなければ神社仏閣くらい。
これには歴史的な背景があるようだ。岡本太郎によると、日本人の美意識の根底には、縄文土器の「おどろくほどはげしい」隆線紋の力強さと非対称性があるという。弥生時代以降、左右対称を基本とする海外の様式は幾度となく渡来してきたが、日本人の渡来文明に対するコンプレックスから左右対称は権威主義と分かちがたく結びついた。日本人には非対称性を愛する血が流れているため一般の生活に根付いた左右対称の様式はほとんどない。
日産キューブのリアウィンドウは間違いなく日本のオリジナルデザインといえる。左右対称に対するアンチテーゼを発信しつづける日本だからこそ、工業デザインで世界の注目を集めているのかもしれない。

■第6章:ユニバーサルデザインとこれから
マーケティングの世界には「80対20の法則」「パレートの法則」と呼ばれる法則がある。上位20%に集中することが効率的な製品開発につながると考えられている。これは工業製品メーカーにしっかりと根付いている。
しかし、本来であれば切り捨てられる80%の要望にも目を向けなければならないのではないか。そう異を唱えたのが「ユニバーサルデザイン」
すべての人が満足するモノや施設や環境を整備することは難しいが、それでもあきらめずに選択肢を増やしていくこと。それがユニバーサルデザインのコンセプト。

ヴィクター・パパネックは1971年に書いた「生きのびるためのデザイン」の中で、現状の工業デザイナーは先進国で何不自由なく暮らしている中産階級以上の人たちだけを対象に、必要以上の仕事をしていると指摘。スピード違反を助長するスポーツカーのデザインや、一目を引くためだけに施された刺激的なだけのデザイン。そしてそれらが交通事故の増加や大気汚染、資源の浪費や環境破壊につながっているとしている。
しかし、低開発国に住む人々や身体障害者たちは、彼らが生きのびるためのデザインを必要としている。こういった人々のためにアイディアと才能の一部を役立てるこよこそが、これからの工業デザイナーが取り組むべき本当の仕事である。

木全賢のデザイン相談室