福岡伸一著
食物・環境・生命
生命は、絶え間なく分解と合成を繰り返す、ダイナミズムの中にあります。鴨長明は『方丈記』に「ゆく河のながれは、絶えずして、しかももとの水にあらず」と書きましたが、まさに生命は川のような流れの中にあり、この流れを止めないために、私たちは食べ続けなければなりません。そして、食べ、生きるということは、体を地球の分子の大循環にさらして、環境に参加することにほかなりません。地球全体にある元素の総量は、実は、それほど変わりません。あるときには海に、あるときには風に、あるときには生物になって、元素はぐるぐると回っています。
私たちが食べるものは、穀物も、野菜も、肉も、魚も、もともとは他の生物の体の一部です。人間は、他の生物を殺め、その生物たちが蓄えたタンパク質や糖質を収奪して、口にせざるをえません。しかし、私たちを形作っている分子は、自分のものであって自分のものではない。一瞬は留まっているけれども、私たちの中を通り抜け、次の瞬間には別のところへ流れていきます。
呼吸をして体外へ出ていった二酸化炭素は、部屋から出て、植物に吸収され、木の実や葉を構成します。岩石の一部になるものもあるかもしれません。海の中へ流れていき、海草やプランクトンの一部になって魚に取り込まれ、また私たちの食べ物として戻ってくることもあるでしょう。
食物の分子はそのまま私たちの分子になる。それゆえに、もし食物の中に、私たち生物の構成分子以外のものが含まれていれば、それがどんなに安全で無害なものとされていようとも、余分な分子、人工的な分子は私たちの体の動的平衡に負荷をかけてしまいます。それらを分解し、排除するために余分なエネルギーが必要となり、平衡状態の乱れを引き起こすからです。ここに、できるだけ中身の見える、プロセスの見える食を選ぶべき生物学的根拠があるのです。
食物とはすべて他の生物の身体の一部であり、食物を通して私たちは環境と直接つながり、交換しあっています。だから自分の健康を考えるということは、環境のことを考えるということであり、環境のことを考えるということは、自分の生命を考えるということでもあるわけです。